力量

言葉

一応私も翻訳者の端くれだが、
自分の実力のなさに凹むことが多い。
その最たるものは、スピード。
私が主戦場にしているのは映像翻訳だ。
ベテランの方たちが
1日に仕上げられる平均的な作業量は、
映像10分と言われている。
しかし内容に大きく左右されるので、
必ずしも10分で収まるわけではない。

この世界に飛び込んで一番驚いたのは、
映像翻訳者の仕事は、
外国語を日本語に訳すだけではないということだ。
専門用語や事実関係を調べて
すべて裏取りをする必要がある。
これにしこたま時間がかかる。
たとえそれがニュースやドキュメンタリーだとしてもだ。
専門家の意見の裏を取る必要が?と思ってしまったのは
私だけだろうか…?
『翻訳』とは話者の言っていることを
別言語に忠実に言い換える作業だと思っていたので
これには衝撃だった。

その根底には、
情報を発信するメディアにかかわる者として、
誤った情報を流してはいけないという考えがある。
ふむふむ、なるほど。
しかし調べものに大量の時間が持っていかれ、
(さらには、”申し送り”として
きちんとまとめなければならない)
肝心な訳語をひねり出す時間が足りなくなる…
このジレンマが半端ない。

ここだけの話…
私はこの裏取り作業が大の苦手で、
添削で”裏取りがあいまいです”などと指摘されると、
理不尽すぎる!と最初の頃は憤慨していた。
”物理学者がそう言ってるんだからそうだろっ!”と。
何でまたそれが事実かどうか調べなきゃならんのよ?

しかし、「調べ物は自分が自信をもって訳すためのもの」と
ある講師に言われてから、
徐々にその重要さが分かるようになった。
確かに、調べ物をすることで
それまで見えなかったセリフの裏側が見えてくる。
より全体の流れがつかみやすくなっていく。
今までの文字⇒文字という単純な翻訳ではなく、
(これだと、文字数制限がある字幕では、
意味不明???になってしまう場面が多々発生する)
流れを汲んだ言葉を選べるようになっていく。
これは本当に大きな発見だった。
とはいうものの、時間が取られることには変わりないので
翻訳自体のスピードが遅い私にとっては
かなり厄介な作業であることは今も同じだ。

配信の媒体が増えている昨今、
同じ映像でもそれぞれ別々の翻訳者さんが字幕を付けている。
上手な訳は、本当にストレスなく観られるから不思議だ。
字幕は秒で流れて消えてしまうため、
視聴者に『?』を与えてはいけない。
ここに翻訳者の力量が如実に表れる。
今、医療ドラマを見ていて心から感心している。
難しい医療用語が飛び交う世界なので、
当然ながら素人にとっては『???』なのだが、
読み飛ばせる『?』レベルにきちんと収まっている。
決して立ち止まることはなく、
「あ、なんか大変な容態なんだな」と
脳がスルーできるのだ。

うぅぅぅ~ん、すばらしすぎる!!!
こんな訳を生み出せるようになりたい。
それも1日10分のスピードで…

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