オーラ

”話しかけないでオーラ”。
先日友人と話をしていて笑ってしまった。
ついついこのオーラを出してしまうと言う友人に
私は200%共感してしまう。
外出の際は、
私も常にこのオーラを身にまとっている。
これがスピーキング上達の道を閉ざしていると
痛いほど分かっていながら…

ソーシャルな場が苦手な人間にとって、
向こうから歩み寄ってきてもらえるのは嬉しい。
1人でポッツン… という時は、
まさに救いの女神である。
それが日本なら…

しかし、ここはカナダ。
異国の言葉で話しかけられるのは逆に恐怖になる。
最初の挨拶程度は何とかなる。
ただ、だんだんと込み入った話になると
一気に耳が不良品になる。
何を言っているのか分からなくなるのが怖くて、
それならいっそのこと話しかけないでくれ!と
ネガティブオーラが量産されていくのだ。
いつもこの悪循環の繰り返しである。

このスパイラルを抜けるコツは、
話の主導権を握ること。
つまり、質問を受ける側ではなく、
質問を投げかける側になることだ。
人は皆、知ってほしいことがたくさんある。
それを聞いてもらえるとなれば誰だって嬉しい。
話好きな人であれば永遠に話してくれる。
会話を途切らせないという点でも、
この質問を浴びせるというスキルは実に有益だ。
ただ、理解力において迷子になるという不安は
いつまでも付きまとう。

昔と比較すれば、
”自分から質問する”というスキルは
少しは上がってきていると思う。
それでもやはり、”話しかけないでオーラ”は
今も捨てきれない。

先日ビーチで出会った日本人青年も、
ゲームをしていない休憩時には
仲間から少し離れたところでポツンとしていた。
ワーホリで来ていてもうすぐ帰国らしいが、
もう1度ワーホリで来る*!と言っていたので、
(*カナダのワーホリは最近2年に延びた)
カナダが気に入ったのだろう。
カナダ人のバレーのリーグに飛び込むという
行動力も持っている。
それでもやはり、常に輪の中に入っていくのは
大変なことなのだと感じてしまう。

彼が”話しかけないでオーラ”を出していたかは
定かではない。
ただ、周りの人と距離を置いている時点で
私には ”話しかけないでオーラ”が伝わってくる。
(私の勝手な妄想ではある)
まぁカナダ人は空気を読めないので、
そんなオーラには気づかないだろうが、
そもそも姿が目に入らなければ、
存在すら気づいてもらえない。
「そんなところにいないで、こっちへ来なよ」と
気を使ってくれる人などいない。

日本人って本当に控え目な人が多い。
ポツンとしている人を見かけると
すぐに日本人かな?と思ってしまうが
大体当たっている。
もし旦那がいなければ私も未だにそんな状態だ。
果たしてこの”オーラ”を消す日は
やってくるのだろうか?

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